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きつねの友に

ブルーベリーとバターの焼ける甘い香りがきつねの鼻先をかすめた。
数日前の新聞から視線を外し石造りのかまどの中に目をやれば、綺麗なきつね色のパイが早く出してと言っているようだ。
何やら副市長がズートピアを陥れようと事件を起こしたらしいということはここバニーバロウまで届いていた。
しかし遠くの都会の事件のことよりもこの田舎町の住民にとっては天気や明日生まれる子供や孫のことの方が大ニュースで
それに関していつまでもみんなの興味は続くことはなかった――一部を除いては。
ギデオンはかまどからその素晴らしい出来栄えのパイを取りだすと、さっと籠に詰め込みトラックに乗り込んだ。

アナウサギの家は一つの丘を活用したとても巨大な家で、緑の丘の部分に赤やピンクのファンシーな家の部分がとてもよく映える。
バニーバロウにはアナウサギの一族が複数暮らしていて幼い頃から見慣れた光景ではあったがやはり目の前にすると圧倒されてしまう。
実家の自動車を返しに来たと聞き、それから家を訪ねる連絡をしてあったので彼がドアを叩くと彼女はすぐ玄関に飛んできた。
「ギデオン!よく来てくれたわね!!」
玄関から飛び出してきたジュディはそう言うと親しげにハグしポンポンと背中を叩いた。
もっとも、きつねとうさぎでは体格差があるので背中というよりも腰に手を回すような形になるが。
「はは、この前は俺のパイを食べてもらえなかったからな」
言いながら一度離れるとギデオンはパイの入った籠をジュディに手渡す。
「まぁ、ブルーベリーパイね!
 私このパイ大好きなのよ」
心の底から嬉しそうにそう言ってもらえるとパイ職人冥利に尽きるというものだ。
それがジュディならなおさらのこと。
ギデオンもその言葉に顔をとろけさせた。
「バニーバロウのお土産にしてもらおうと思って腕によりをかけて作ったよ」
「ふふ、ほかの兄弟には内緒にしておかなくちゃ。
 とてもじゃないけど、275等分にはできないもの……さ、中へどうぞ」
そう言って彼女はギデオンを中へ促した。

ホップス家の家の中心である食堂の横を通り抜けながら、しかしギデオンはその光景から目が離せなかった。
うさぎたちが入れ代わり立ち代わり調理し食事をするのである。
思わずもし自分があの厨房に立ったら、などという想像をしてしまいブルッと体が震えた。
無限の胃袋を相手にするとしたら大変なことに違いない。
「すごい景色でしょう?
 一日中ああなのよ」
「ああ……俺が料理長だったらきっとうんざりしちまうよ」
正直に彼がそう言うとジュディはクスクスと笑った。
「そうよね。
 ズートピアに行ってから気づいたんだけど、これってウサギには当たり前だけど他の動物には普通じゃないのよね」
「俺のうちは兄弟もいないしな」
「そうね……大人になってから私のわからなかったことが沢山あるんだわって少しずつ分かってきたの」
ジュディが恥ずかしそうに笑う。
「それを言うなら俺もさ。
 ジュディが警察官になれるなんて思っちゃいなかったんだから」
「ひどいわ、私は諦めが悪いって知ってるって思ってた」
「だから今その認識を改めているのさ」
「もう……あ、ここが私の部屋よ。
 入って」
そうジュディに言われ誘われるようにイデオンはその部屋に入って行った。
女性の部屋に入るのは緊張するなと思っていたが考えていたよりはそこは質素で、隅の方には小さなトランクがちょこんとおかれていた。
「可愛げがないでしょう?
 荷物はほとんど向こうのアパートだから」
「全部持って行ってあるんだ?」
まぁ元々ものが少なかったからとジュディは彼を椅子に促すと自分はベッドに腰かけず口を開いた。
「それにしても、ギデオンが会いに来てくれてよかったわ」
そう、ジュディは彼に笑いかけるが、ギデオンにはそれに思い当たらず軽く首をかしげる。
「この前の……そう”夜の遠吠え”のことよ!
 ……あのお蔭で、私は私を正せたんだわ。
 本当に、ありがとう」
「おいおい……何だかわからないが、頭を下げるのはやめてくれよジュディ。
 俺はあの時ちゃんと謝ることができなかったから改めてここに来たんだぜ」
そう言ってギデオンがジュディの顔を上げさせるとベッドに座らせると彼女は不満そうにその顔を見上げた。
「ギデオン、それならあなたの方こそやめてちょうだい。
 あなたは……ちゃんと、後悔して反省して私に許されてここにいるのよ」
「なら……おあいこだな?ジュディ」
そうギデオンが笑いながら言うと、彼女も口元を緩ませる。
「……そういうことにしましょうか」
そして、顔を合わせて二人は笑った。
幼少の頃はこのように笑いあえるなど考えたこともなかったな、とギデオンは思う。
ジュディは彼にとって、とても羨ましく思う存在だった。
自分の夢にまっすぐに忠実で明るくて――自分とは正反対だ、と。
けれどギデオンが夢を持ってパイ職人を志した時、何故だか彼女のことを思い出していたことを思い出す。
肉食動物の自分がパイ職人になって何が悪い。
小さくひ弱なうさぎが最初の警察官になろうとしているのに、負けてしまってもいいのかと。
「俺は……田舎のパイ職人なんて、こんなの肉食動物らしくないって思ってたんだ」
「そんな、それも素敵な夢よ。ギデオン」
しかし、彼は首を横に振った。
「いや、いいんだ。
 パイじゃ新聞の一面は飾れないしな。
 ……でも、ジュディが警察学校に本当に入学したって聞いた時、俺は焦ったよ。
 だって何も出来ていなかったんだから。
 でもだから、俺は何かやらなくちゃって自分の夢を叶えなきゃって思えたんだ」
そしてギデオンは上目づかいで微笑んだ。
「だから、嬉しかったんだ。
 ジュディが大事件を解決したって聞いてすごくすごく嬉しかったんだ。
 それから、君のそばにきつねの相棒がいるって聞いた時もものすごく嬉しかった」
「ギデオン……」
彼は立ち上がり、ジュディの手をとり言った。
「君は俺みたいな奴がいたのにきつねに偏見を持たず、きつねを友にしてくれたことが嬉しかった。
 俺がこんなこと言う資格はないかもしれないけれど、どうか君は君の夢を叶え続けてくれ」
「いいえ、いいえ……ギデオン・グレイ、私にだって偏見はあったわ。
 それに気付かせてくれたのがニックなの」
そうかニックと言うのか、とギデオンはまた嬉しそうに笑った。
「おじさんとおばさんが前にジュディが帰ってきたとき言ってたんだ。
 大事な友達を傷つけたってジュディが落ち込んでるって……あの時はなんで俺をと思ったけれど
 新聞を読んで合点がいったよ」
「もう、パパママったら……」
「君は、俺に感謝してくれたけれどきっと俺が……何のことかわからないけれど、ヒントを教えなくても君は君を正せたと思う。
 間違った道に進んでしまったとしても、また同じ道に着てしまった時正しい道を選べばいいのさ。
 ……世界をより良くするって、そういうことの繰り返しだろ?」
その言葉にブルーベリーの瞳がはっとしたように開き、微笑む。
「そう、ね。その通りだわ。
 でもあの時は本当に落ち込んでいたから……」
「大事なんだな、その相棒は」
「もちろんよ。
 私たちは半身だもの」
その言葉にギデオンは思わず吹き出し、笑いだす。
「ははは、すごい惚気だな、ジュディ!
 向こうに帰ったら俺の自慢のパイ是非食べさせてやってくれよ」
「もちろん!
 ニックもきっと気にいると思うわ」
そして、二人はそれから思いっきり笑った。

「……で、これが私の友達が焼いてくれたブルーベリーパイ!
 美味しそうでしょう」
「ああ、それはいいんだけどな」
良いものがあると彼女はニックを呼びだして、嬉しそうにパイのお披露目をするが彼は何故か不機嫌そうで彼女は首をかしげた。
「きつねなんだろ、その友達は。
 籠に毛が付いてた」
「ああ……」
確かにアカギツネの毛が籠のツルの部分に数本引っかかっていて――それで彼はそんな顔をしているのか。
「妬いてるの、ニック」
面白そうに彼女が言うと、ニックは大きく溜息をつく。
「残念ながらそうじゃない。
 きつねの友達がいるのに、コンスプレーを持ち歩いてた君の過去に思いを馳せたらちょっとブルーになっただけさ」
「それは」
ジュディがそれに反論しようとすると、彼は前足でその言葉を遮った。
「ああいい。
 何も言わないでくれ。
 今はもう……違うだろ?
 君も、君の友達も」
ニックのまっすぐな視線が射抜いてくるようで彼女は少し戸惑ったが、言葉は淀むことなく口から出てきた。
「もちろんよ。
 全部、あなたがきっかけをくれたのよ。ニック」
それを聞くと彼の目元が少し緩んで、ふっとと微笑し釣られてジュディも笑った。
先ほどのニックの視線の意味は、わからなかったけれど。
「それは何のことかわからないけどな、まぁとりあえず乾杯でもするか。
 このパイはうまそうだ」
「当り前よ、うちの農場のブルーベリーを使っているんだもの。
 まずい訳がないわ」
「へぇ。それは楽しみだ」
「……で、昼間から何に乾杯するつもりなの?ニック」
言いながら用意したコップを受け取ると彼はニヤリと笑う。
「そりゃ、もちろん……きつねの友に」


ズートピア2作目。
近年までD作品の二次創作はやったら死ぬと思っていたので驚きです。
死なない程度に楽しみたいと思います。
バディという関係は、恋人にも勝ると思っているのでこれからもズートピアの二次はこの調子だと思います。
パンプキン・シザーズの「上官と部下ってのは男女の仲に劣るものなのか」という台詞がズートピア見てから離れんのです。
いや、この二人は上官と部下ではないけど(でもジュディが出世すればそうなるか?)

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