安らげる気配

「アイク将軍!」
聞き覚えのある声にアイクが振り向くとジルがこちらに駆けてくるようだった。
「ジル・フィザット、女神ユンヌの神託により
これよりアイク将軍の指揮下に入ります!」
そう言って彼女はアイクに敬礼をした。

ここは、テリウス。
女神に愛されし大地。
だが、今は全ての者たちはその身を石と化し流れる時を止めてしまった。
今この世界で動いているのは、獣と・・・一部の人々だけ。
彼らが目指すは、導きの塔。
・・・・・・女神・アスタルテと戦わんが為、であった。

「そうか、こちらからもよろしく頼む。
・・・・・・ハールとはもう会ったのか?」
「あ、はい。
でも、昼寝してて。
起こそうとしても全く起きなくて・・・だから、まだ何も話してないんです」
ジルが困ったように笑う。
いつもいつもぐーたらして寝てばかりの彼だ。
もはや一種の病気だと、彼女は思っていた。
「そう・・・なのか?」
「はい?」
アイクの言葉にジルはキョトンとした。
いつものことだ。
彼が眠っているのは。
「以前、俺もハールが寝ているところに行ったことがあるんだが
すぐ起きたぞ?
あと50歩という辺りで」
「・・・・・・え?」
いつもあんなに熟睡してる人が?
信じられないという顔でジルはアイクの顔を見ていた。
「ん、セネリオが呼んでるな。
悪いなジル、俺はもう行く」
「あ・・・はい。
私も失礼します・・・・・・」
二人はそこで別れた。

男は自分の相棒である黒い飛竜を枕にしてぐっすりと眠っていた。
男の相棒は彼に似ず、勤勉な性質だった。
もしかするとそのくらいの方がサボりがちな彼にはちょうど良いのかも知れないが。
ジルは先ほどまでそうしていたように、その横に坐り様子を伺った。
アイクが言うように彼は眠っている訳ではないのだろうか?
自分よりも一回りも二回りも年長の男の寝顔をじっと見てみる。
規則正しい寝息が聞こえる。
とてもじゃないが50歩も手前で相手の気配に気付き、目を覚ますようには思えなかった。
確かに彼はぐーたらではあるが、優秀な軍人であった。
けれど、自分にはほとんどその顔を見せることはない。
そっと彼の髪を手で梳いてみた。
硬くごわごわとした髪。
流石に起きるかと思ったのにそれでも彼は眠り続ける。
「この前は50歩も手前で起きたんでしょう?」
起きてくれたら、いつもこんなに苦労することないのに。
その時、急に男の相棒が眠りを妨げぬ程度に小さく啼いた。
「え、何・・・?
甘えてる?
ハールさんが?」
信じられなかった。
いつだって彼の優しさに甘えているのは自分だと思っていたから。
けれど更に飛竜は啼く。
「私が、ハールさんにとって特別な存在・・・・・・?」
その大きな飛竜は知っていた。
いつも自分を枕にするのは、ベオクである彼よりも自分の方が何より異変に早く気付くことができるから。
いつも無用心に眠っているように見えるが、自分が少しでも身動ぎするか
小さな物音でもしようものならこの男はすぐに起きるだろう────普段なら。
『あなたの隣は、よっぽど居心地が良いのね』
「・・・・・・そう、かな」
ならば、この子憎たらしい寝顔を見られるのは自分の特権なのかもしれない。
そう思うと、なんだか少しジルは嬉しくなった。
「もう少し・・・・・・寝かせてあげようか?」
飛竜がそれに応えて低く啼いた。


ハールさんが飛竜と話せるんだからジルだって話せてもいいじゃない。
十二国記の図南の翼を読んでハールさんも頑丘みたく飛竜に名前付けないんだろうなぁと思った。なんとなく。

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