輝ける明日

ハールは夜、ペンを動かすような音で目を覚ました。
うっすらと目を開け、周りを見回すが暗くてよく見えない。
気のせいかとも思ったが、自分より後に寝ると言っていた妻が未だ寝所に来ていないようだ。
もしかしなくても物音は彼女なのかもしれない。
周囲はすでに静まり返り動物の鳴き声すら聞こえないような時間である。
一体何をしているのか。
男は寝台から起き上がるとその上に薄着を羽織り、寝室を後にした。

彼女がいる部屋を見つけるのは簡単だった。
そこから廊下へと光が漏れていたからである。
そしてその部屋から光とともにペンを滑らせる音が響いていた。
――執務室だ。
「ジル、何してんだ」
ノックもそこそこに扉を開ける。
その声にジルは顔を上げるとばつが悪そうに笑った。
「すみません、うるさかったですか?」
「そうじゃなくてだな。
お前今何時だと思ってんだ。
もう寝ろよ」
そう呆れた風に言いながら男はジルの横から彼女の手元を覗く。
「仕事か?」
「あ・・・急ぎじゃないんですけどやり出したら、キリがなくなっちゃって」
そう言って夢中になってやっているのはダルレカの自治に関する書類だ。
あれから3年・・・いや、4年になるだろうか。
ジルはクリミア軍の一人として故郷に帰還した。
それに後悔はしないが、それでも、思う所はあるのだろう。
だからこそ、デイン女王ミカヤの要請を受け“フィザット”の名を継いだのだとハールは思う。
「・・・とは言ってもな、お前が倒れちゃ元も子もねぇんだ。
いい加減にしろよ、領主様」
からかい半分でジルにそう言うと、彼女は少しだけ口を尖らせた。
「もう、それはやめて下さいよ。
あと少しで目鼻が付くので待って下さい」
「そうか」
そう言ってハールはジルの顔を見た。
希望に燃える目。
彼女にとって、明日は光輝くものなのだ。
真剣に領民に向かうジルを見ているとそう思う。
希望も何も捨てざるをえなかった自分ともシハラムとも違う明日を、彼女は見ている。
「・・・これ、片付けんのか?」
「え、あ・・・ありがとうございます。
じゃああっちにお願いできますか?」
渡された資料を指定された場所に仕舞い込む。
振り返ると再び真剣な顔で書類と格闘していた。
ジルの領主としての顔に、少しだけ置いて行かれたように感じつつも
どうかこれからもずっと輝ける明日だけを彼女には見ていて欲しい。
そう強く願った。

ブログに載せていた文章を手直ししてきました。
元々電車内で打った行き当たりばったり文章なのでちょこちょこ直しますorz
やっぱり文章はじっくりとっくり考えた方が良いな・・・いや、勢いが大事な時もありますが。
置いて行かれた〜というのは、いつまでも子供じゃないんだなというような感じかなと思います。
奥さんにした時点で一人の女性として見ているでしょうけれども、それとはまた別に。
事実は事実としても、きっと何歳になっても小さい頃のこととか知ってますしね。
なかなかそういうことは変わらないと思います。

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