幻滅

デインがクリミアに攻め入るより以前の話である。
「ハール隊長!」
ダルレカに少女の、小気味好い声が響いた。
その声にうつらうつらと舟を漕ぎだしていた男が微かに動く。
「ハール隊長、起きてください!」
もう一度大声で彼の名前を呼ぶと男の唯一つの目が億劫そうに開かれ、欠伸をした。
「・・・・・・なんだ、ジルか」
ハールの起きてからの第一声はそれだった。
聞くからに寝むそうな声である。
「なんだじゃないですよ、もう・・・・・・」
ジルは呆れたような、疲れたような溜息を吐いた。
何度昼寝の現場に出くわしてもジルはどうしても彼のこの態度に鷹揚になれない。
軍務中に昼寝など言語道断だからだ。

「・・・で、何の用だ?
まさか何もないのに俺の睡眠を邪魔したんじゃいだろうな」
「もうお昼ですよ、十分寝たはずです!
午前中見なかったから探しに来たんじゃないですか」
それまで彼以外いなかったこの場所で、少女が探すまでこの男はずっと寝ていたのだ。
よくこうも眠っていられるものだ。
少女は、本日二度目の溜息を吐く。
心配してたのに馬鹿みたいだ。
「・・・そうか、そりゃ悪かったな」
「悪いと思ってるなら最初からサボらなければ良いじゃないですか」
「そりゃそうだがな」
ハールが苦笑しながら言う。
それが出来れば誰も苦労しないのだ。
「もう・・・・・・もっと真面目になってください隊長」
「お前が真面目すぎんだよ。
老けるぞ」
「からかわないでないでください!」
ずいっとジルの顔が近づく。
「どうしてあなたはこうもふざけてばかりなんですか?!
私は、幻滅しました!」
小さい頃から、あなたの背をずっと追って来たのに。
「ずっと、憧れてたのに」
尊敬する父の腹心で、自分の直属の上官。
もっと軍人として尊敬できる人だと思っていたのに。
「・・・そりゃ夢見すぎだ。
俺は見ての通りだらしない男だ。
・・・・・・わかるだろ」
男の目が自分を見上げた。
たった一つしかない目。
「・・・・・・知りません!!」
少女はクルリと後ろを向くとさっさと歩き始めた。
「私、もう行きますから!」
彼女は自分が何を言っても振り返らないだろう。
少女の赤い髪を大きく揺らしながらどんどん行ってしまう彼女を見ながら男が自嘲する。
何故自分はこうも性格が悪いのだろう。
「嫌われたか」
でも多分これで良いのだ。
下手な幻想を抱き続けるよりは、きっと。
すっかり眠気が覚めてしまった。
しょうがないとばかりに、男はのそのそと立ち上がった。



当時のジル、怒ってます。
ハールさんのいい加減さに。
・・・・・・数年後にはそんな彼女ももうこれは生まれついての性癖だと諦めてしまう訳ですが。
最初は全然違う話だったんだけどなぁ…

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