馬鹿

「・・・・・・で、お前は俺に何も言わなかった訳か」
夜の闇に体を溶かすようにして、その男はいた。
眼帯に覆われていない方の目が男の前で小さくなる娘を見下ろしている。
「すみません、でした」
小さな声は、男の耳に届いただろうか。
それでも、その目はじっと娘を見ていた。

娘の名は、ジルといった。
女神の裁きが下るその直前までデイン軍として男と相対し
その理由を頑なに話そうとしなかった。
しかし、裁きが下された事により
デインの“大義”を男が知る事となったのである。

「(どうせ、巻き込みたくないとか
そんな下らねぇ事考えてたんだろ)」
声には出さず、男が溜め息を吐いた。
「(本当に面倒臭い奴だ)」
そんなに自分は、頼りないだろうか。
男はふと思った。
彼女はもっと人を頼るべきだとも。
何でもかんでもジルは背負いすぎだ。
「・・・・・・馬鹿だろ、お前」
叱責だともでも思ったのか、ジルは何も言わなかった。
「本物の、馬鹿だ」
世の中には、どうにかして物事を背負わないようにしようとする輩がいるのに
何故、彼女はこんなに・・・・・・
「馬鹿」
もっと、俺を頼れ馬鹿。
暗闇が二人をずっと包んでいた。


これ結構気に入っていたのですが短すぎるので加筆したのが↓です。
「馬鹿」のニュアンスがちょっと変わってしまったのが残念。



加筆修正版

馬鹿

「・・・・・・で、お前は俺に何も言わなかった訳か」
娘からランプの光で逆光になるようにして、その男はいた。
眼帯に覆われていない方の目が男の前で小さくなる娘を見下ろしている。
「すみません、でした」
小さな声は、男の耳に届いただろうか。
それでも、その目はじっと娘を見ていた。

大陸全土に裁きの光が降り注いで数刻。
世界は、不気味なくらいの静寂と清浄すぎる空気に包まれていた。
よく清過ぎる流れには魚は棲まないとは言うが・・・
なるほど、このように澄み切った世界では確かに魚も棲もうなどという気は起きなさそうだ。
その眼帯をした男は欠伸をしながら陣営を歩いていた。
先ほどまで戦っていた者同士が共に同じ陣地にいるのがなんともおかしなことのようにも思えたが
この大陸の危機の前には、そのようなことも瑣末なことなのかもしれない。
もう一度、男が眠そうに欠伸をした時後ろからあの、と声をかけられた。
聞きなれない少女のような声だ。
面倒そうに彼が振り向くと、そこには美しい銀髪の乙女が立っている。
「――暁の巫女か」
遠く敵陣にちらりと見たのを思い出しながら男が言った。
「あ、はい。
あの・・・・・・ハールさん、ですよね?」
少し暗い顔をしながらミカヤはそう尋ねる。
「そうだが。
なんだ」
この巫女のことを男はよく知らなかった。
デインではとてつもなく人気があったらしいがその間は生憎と留守にしていたし
神使や親衛隊に対して油を使ったとも聞いたが、見る限りそのような非道な真似をするようにも見えない。
そんなことをとりとめもなく考えていると、不意に彼女は口を開いた。
「あの、ジルさんからお聞きになりましたか?
その・・・デインのこととか」
「・・・・・・いや、何も聞いてないな」
そう言って、先ほどの戦いを振り返る。
ハールとジルは再会した・・・・・・戦場と言う、鉄と血の園で。
どんなに尋ねても、デインの参戦理由だけは答えなかった彼女。
そのくせ自分に武器も向けようとしない。
こちらがやる気だったらどうするつもりだったのだろうか、ジルは。
「・・・・・・そうですか」
それからミカヤは黙り込む。
ほんの短い時間であったが、男にはもう十分であった。
「なぁ、そんなことを訊くために俺に声かけたのか?
悪いが俺は眠いんだ。
用がないなら行くぞ」
「あ、待ってください!」
また行こうとしたハールにミカヤは慌てて再び呼び止めた。
一体自分に何の用があると言うのか。
そう思いつつも頭をがしがし掻きながら巫女の制止に応える。
「なんだってんだ、まったく」
彼が早くこの場から立ち去ってしまいたいと思っていることは明白であった。
けれどミカヤはそのようなことを気にもせずに、すみませんと前置きして口を開く。
「もしかしたら余計なお世話なのかもしれないんですけど・・・・・・聞いて頂けますか?
デイン参戦の、理由を」
男は動きを止め、そう言った銀の乙女を見下ろした。

「ジル、いるか?」
ハールが声かけすると天幕からはい、という声が聞こえた。
ジルがいることを確かめると彼はそっと入り込む。
ジルは今まで体を休めていたのか寝台に腰かけていた。
「あの何かご用ですか?」
だが彼はそれには答えず寝台の傍に椅子を引き寄せ、それに坐った。
男の表情は常時とは異なり真面目で――決して普段ふざけている訳ではないのだが――怒気すら感じられる。
「ハールさん?
どうかしたんですか?」
不思議に思いながらジルは尋ねた。
この質問にハールは少しの間を置き、口を開く。
「・・・・・・さっき、暁の巫女に会った。
ミカヤ、だったか?」
「ミカヤ殿に?」
ジルが首をかしげる。
ミカヤとハールに面識はもちろんない。
少なくとも彼女の知る範囲では。
そこで一体、何があったと言うのか、彼女には思い至らない。
だが、次の男の台詞に彼女はびくりと動きを止める。
「デインのこと、聞いたぞ」
ただその一言で、ジルは全てを覚った。
誰にも、ハールにも言わなかったソレを、男が知ったことを。
彼女は動けなかった。
「なんで、言わなかったんだ」
「だ、だってハールさん・・・・・・デインに居なかったじゃないですか」
男をなじるような言葉に、だが彼はそれを鼻で笑った。
「なら俺がそっちにいたら話したのか?」
「・・・・・・」
彼女は答えられない。
国というものと関わることを厭う彼はそれでなくともジルが軍へ復帰するのを反対していた。
その上で、このことを話せば・・・・・・どうなるだろう?
連れ戻されるかもしれない、いや離れて行ってしまうかもしれない、何より・・・
きっと・・・・・・心配させてしまう。
「それに戦場でも聞いたぞ、俺は」
裁きよりも少し前に二人は戦場で再会した時のことだ。
「『敵には言えません』だ?
そんな言葉あるか。
お前の場合は味方にも言えてねぇじゃないか」
敵である自分が駄目だと言うなら、他の仲間にでも言えば良い。
だが、ミカヤから話を聞いた限りそのようなことはなかったようだった。
言って楽になってしまえば良いものを。
・・・・・・彼女にそのようなことできないと知りながら、そう思う。
安易に人に語ればそれはいずれ噂となり、人心を乱す。
そして、やがてデイン復興の御旗であった筈の王子をも引きずり落とすだろう。
・・・ジルにそのようなことできる訳がない。
声には出さず、男は溜め息を吐いた。
天幕の中、その溜息が妙に大きく耳に届く。
巫女との会話が蘇って来る。
全てを語り終えたミカヤはまず、何故か自分に頭を下げた。

「すみませんでした・・・・・・私が誓約のことを話してしまったから
ジルさんは今もそれを背負い続けている・・・」
誓約についてジルは決して他言しなかった。
胸に秘め続けるには、あまりに酷な真実を。
「いや、あいつらしい」
黙ってミカヤの話を聞いていたハールはぽつりとそう漏らす。
そして、小さく笑った。
「馬鹿だな、あいつは」
誰かが支えてやらねば、そのうちぽっきり折れてしまいそうな程頑なな娘。
もう自分など必要ないと思っていた。
どんなに大事に思っていたとしても、離れるべきだと。
だが大人だ大人だ言っても、ジルはジルで・・・危なっかしくて見ていられない。
それで、つい、手を差し出してしまうのだ。
「・・・・・・ジルさんが、大切なんですね」
ミカヤの人を見透かすような目が男を見上げる。
男は巫女の言葉を推し量ろうとして・・・・・・やめた。
今更なことだ、きっと。
「ジルさんのこと、お願いします」
「あんたに頼まれることでもねぇがな」
少しだけ晴れた顔のミカヤに、そして今度こそ彼はその場から立ち去った。

そして、今ここに至りジルは言葉を見つけだせていない。
男の二度目の溜息が空間に溶ける。
「・・・・・・馬鹿だな、お前」
叱責だともでも思ったのか、それにもジルは何も言わなかった。
目を閉じ彼の言葉に大人しく耳を傾ける。
「本物の、馬鹿だ」
世の中には、どうにかして物事を背負わないようにしようとする輩がいるのに
何故、彼女はこんなに自分で背負おうとするのか。
男は不思議でたまらない。
この世の中には、責任を負うことから逃げる人間が幾らでもいるだろうに。
「馬鹿」
もっと、俺を頼れこの馬鹿。
それから静寂が二人を包む。


・・・女なら(何)後から加筆修正なんか卑怯な手使わないで一発勝負しろ!って感じですが
全くもってその通りですorz

inserted by FC2 system