ある聖夜

デインに今年も厳しい冬が訪れる。
それはダルレカも例外なく、大地は雪に覆われ村や町は断絶される個々が孤立するこの季節、
クリスマスは数少ない冬の楽しみだった。
各家々では、家族で静かに祝われていることだろう。
領主の館でも、それは同様だった。
ジルが部屋に入るとまず最初にソファーで眠る黒い物体が目に入る。
彼女は小さく溜め息を吐くとツカツカとそれに近付いた。
「ハールさん、起きてください。
ハールさん!」
ジルの呼びかけに男は小さく身じろぐとうっすらと目を開けた。
「・・・・・・ジルか」
「ジルか、じゃありません。
もう・・・待たせた私も悪かったかもしれませんけど」
ジルはダルレカ領主。
領主の仕事に年中行事、などというものはない。
今日もそれらの仕事を片付けて来たばかりである。
「いや、ほとんど寝てたからな。
待たされちゃいねぇから大丈夫だ」
「そうですか?」
すると男は小さく笑って続けた。
「年末だし忙しいんだろ。
領主だって知ってて嫁さんにしたんだから気にすんな」
その台詞に彼女は微かに頬を染めるとそれより、と話題を逸らす。
「ハールさんは、お仕事大丈夫なんですか?」
「ああ大丈夫だからそっちも気にすんな」
そう言うとジルはやっと安心したように笑った。
「お前の顔は見飽きんな、まったく」
「どういう意味ですか、それは」
「そのまんまの意味だ」
ジルが小首を傾げるとハールはくつくつと笑った。

時折会話を交えながらの食事は楽しいものだった。
普段から二人はあまり食事を共にしない。
・・・と、いうかスケジュールが合わない。
それもあり、この聖なる夜に共にすることができることは彼女にとってとても喜ばしいものだった。
その時ハールがスープ皿を手に取りスプーンで掬うと口にそれを放り込んだ。
「おいしい、ですか?」
ポタージュを啜る男にジルは少し不安げに尋ねる。
「お前が作ったのか?」
「はい・・・・・・それだけですけど」
それに彼は何も言わずもう一口放り込む。
「一応味見もしたんですけど・・・もし口に合わなかったら無理しなくてもいいですから」
更にもう一口。
「ちょっとだけ鍋底焦がしちゃったんですけど、それ以外は普段あまり作らない割には上手くできて・・・」
「美味い」
「え」
ジルがもう一度、男を凝視した。
「美味いって、言ったんだ。
・・・聞こえなかったか?」
そう言ってから、男はもう一口更に放り込んだ。
不安そうだったジルの顔がみるみるうちに嬉しそうになる。
「よかった」
そう呟きながら自らもそれをスプーンで掬う。
「・・・おいしい」
先ほど味見した時よりも美味しく感じるのは、誰よりも大好きな人と食べているからか、
誰よりも大好きな人が褒めてくれたからか。
恐らく、その両方だ。
カランという音が部屋に響く。
「おかわり」
そう言ってハールはジルに空っぽのスープ皿を差し出した。
「あ、はい!
今持ってきます!」
ガチャンと扉が閉まるのを確認すると、彼は傍に置いていた自分の荷物入れから包みを取り出し
今まで彼女が坐っていた席にそれを置いた。
さて、帰って来たジルがどのような顔をするか見ものである。
男はそれを想像すると急に顔が緩むのだった。


妄想万歳なクリスマスネタです。
あははは、妄想万歳以外の何物でもないですねw
最近ハールさんの居眠りへのジルの目が、怒りを通り越して呆れの領域に突入している気がしてきました。
『もうこりゃ駄目だ、悪い病気に違いない』
とか思っているのかもしれませんw
なんだか(主に私が)楽しくなってきました。
駄目だこりゃ、私が病気だw
作中でポタージュ、と書いたのはコンソメが実は難しく手間がかかると聞いたのを思い出したからです。
だからと言ってポタージュが簡単、というものでもないでしょうが
あまり手の込んだものを仕事そっちのけで作るってのもなぁ、と思い・・・・・・
ポタージュもコンソメもただのスープの総称でちゃんとした料理の名称じゃないんですけどね。
なんのポタージュかはお好みでどうぞ。
私はコーンと南瓜が好きです。
余談ですがこれを書いてる途中であるサイト様をうっかり覗いてしまい、思わず吹いてしまいその上腹筋まで崩壊する所でした。
どうしてくれる。

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