違う、ということ

クリミアのメリオルはクリスマスに盛り上がっていた。
今年は雪も降ってのロマンチックなホワイトクリスマス。
多くの恋人たちは二人きり密やかにこの夜を共に願い、
そうでない者たちはメリオルで最も繁盛している酒場、カリルの店で仲間たちと共に賑やかに祝う。
今夜もカリルの店は大繁盛であった。
それもそうだろう。
この店は、客はベオクだろうがラグズだろうが印付きだろうが元より選り好みはせず
酒の銘柄や肴は各種取り揃えられ、どのような者の好みにも答えられた。
これらは、今の主人の・・・・・・父親の夢だった。
「英雄アイク縁の酒場へようこそ!」
「馬鹿!
英雄なら、カリルだろ!
なぁエイミさん」
酒をしこたま飲んで酔う親父に、エイミと呼ばれた女性は笑って言った。
「そうね、私も母さんの話がしたいわ。
・・・それに、アイクさんゆかりと言ってもごくたまにここでご飯食べるくらいだったし」
「エイミさんの話を聞いてると、伝説って感じがしないな。
もう100年も昔の話だってのにまるで昨日のことみたいに話すんだもの」
「それは私がおばあちゃんだって言いたいの?」
そうエイミが冗談めかして言うと慌てて男は謝り、彼女は笑いながら許した。
「私は印付きなんだもの、しょうがないわね」
そう、エイミは印付き。
並みのベオクよりも、ずっとずっと長い時間を生きる者。
それ故に彼女は、多くの人々の生きたその様を知っている。
「それじゃあ、カリルおっかさんのお話を聞かせておくれよエイミさん」
ある人の言葉に他の者たちも同調した。
これにもエイミは笑って応える。
「わかったわ・・・あれは、私の小さい頃。
今夜と同じクリスマスの日で・・・・・・」

女神の戦乱より十数年。
雪の道をワインレッドの髪をした少女が走っていた。
「母ちゃん!」
そう言いながら酒場の扉を大きくな音を立てながら開ける。
カウンターには開店前にも関わらず、ピンクの天然パーマの眠っている男とそれを介抱する黒髪の女性の客がいた。
「どうしたんだい、エイミ。
そんなに慌てて」
「サンタさんって、あたしの所にも来てくれる?!」
あまりにも必死な様子にカリルは怪訝な顔をした。
「エイミちゃん、何か欲しいものができましたの?」
「ステラお姉ちゃん、あのねあたし・・・早く大きくなりたいの」
いつも以上に必死なエイミの顔。
「それでサンタさんに、早く大きくなる方法を教えてもらいたいんだ」
そこで、ようやくカリルたちは一体何があったのか察した。
「誰かに・・・・・・何か言われたのかい?」
「・・・・・・となりんちのジョゼフが、あたしのことチビって」
やっと聞こえるか聞こえないかくらいのか細い声でエイミが言った。
「ねぇ、どうしてあたしは大きくなれないの?」
叫びにも似た声。
十代ともなれば子供の成長は著しい。
なのにエイミは・・・その中で取り残された姿なのだ。
いくらベオクとラグズの融和が進んでいるクリミアと言っても印付きへの理解はまだまだ低い。
何より子供だ。
子供は些細なことで仲間外れを作ったりする。
子供という存在は、純粋ではあるがそれ故に・・・残酷だ。
「・・・ねぇ、エイミ。
『赤い鼻のトナカイ』って、知ってるかい?」
「『赤い鼻のトナカイ』?
お歌でしょう?」
何故、サンタの話がトナカイになるのか。
エイミは首をかしげながらも答えた。
「真っ赤なお鼻の〜 トナカイさんは〜
いっつもみんなの〜 笑い者〜♪
・・・ですわね。
ルドルフって言いましたっけ」
ステラも言葉を継ぐ。
「そうだね。
今ステラさんが歌ったみたいにルドルフは赤い鼻を皆に笑われてたんだよ」
ちょうど、今の、成長できないエイミのように。
「それでルドルフはいつも泣いていたんだ。
生まれ合わせたものだったから、どうしようもなかったんだね」
そう、持って生まれたものは変えることができない。
それはこの世に生きる者たちみな同じだ。
「ルドルフ可哀相・・・」
「・・・そうですわね、エイミちゃん。
でも、この歌の続きを思い出してみて」
そう言われたエイミの顔はみるみる明るくなっていく。
「・・・あるクリスマスの夜、ひどい霧でね。
ちょっと先も見えやしない。
それでサンタさんは、ルドルフを呼んだんだよ」
そして言うのだ。
――お前の鼻が役に立つのだ、と。
「トナカイの最大の栄誉は、サンタさんのソリを引くトナカイになること。
ルドルフは、とても喜んだんだよ」
「クリミア王宮騎士になるよりずっと、名誉なこと?」
「ふふ・・・そうかもしれませんわね」
ステラがそう言うとエイミは良かったねルドルフ!と言いながら店の中をはしゃぎ回った。
すると、その騒ぎでもぞもぞと眠っていた男が動き出す。
「ん〜〜・・・エイミ何はしゃいでるんだ」
「マカロフ様、目は覚めましたか?」
「ったく、あんたは所帯を持っても全然変わらないんだから」
カリルの小言に、エイミは振り返ると一言、口を開いた。
「駄目だよ、母ちゃん!
みんな違って良いんだよ!」
彼女のその言葉にカリルとステラは笑い、マカロフも意味がわからないながらもつられて笑った。

「良い、おっかさんだったんだな」
酒場の男はそう呟く。
時は移ろい、ここにはもう、かつての人々はいない。
今はもう、彼女だけが記憶している。
「ええ・・・でも
私にとっては、ずっとずっと良いお母さんよ」
結局サンタは、早く大人になる方法を教えてはくれなかった。
けれど、その代わり違う、ということを母が教えてくれた。
確かに自分は、他の人々とは違う。
だが、その分あの優しい母や力強い父、そして多くの人たちを伝えることができる。
違う、ということは決して悪いことではないのだ。
「そりゃちげぇねぇや!」
「ふふふ」
エイミは笑い、それから窓の外を見上げた。
今夜もきっとルドルフの出番に違いない。
「母さん、私も頑張るから」
今宵のクリスマスも、きっと彼らは子供たちのために頑張っているだろうから。



赤い鼻のトナカイは、元々アメリカの人で他人と違い病に臥せっている母親のことを尋ねた娘のために即興で作ったお話でした。
内容はだいたいカリルさんが言っていた通りです。
最初にこのお話を私が知ったのは「案外、知らずに歌ってた童謡の謎(合田道人・著)」という本だったのですが
結構有名なお話なのでちょっと検索すれば詳しく知ることができると思います。

このお話では100年もぶっとんでしまいました;
この時代、ベオクで英雄と呼ばれた方々はほぼ没しています。
流石にラグズと印付きは健在ですが。
エイミは英雄ではありませんが、あの戦いを記憶する数少ない一人として生きていくのでしょう。

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