送る者送られる者

セントラルの町並みに教会の鐘の音が響く。
哀しみに沈む鐘の音に、ロイは書類から顔を上げた。
「葬式か」
親友を送ったあの別れの儀式も記憶に新しい。
職業柄近しい者を送ることは多かったが、この感覚に慣れることは恐らく一生ない。
誰か近しい人間を亡くすことは体を、心を抉られることに近い。
そこだけがぽっかりとした奈落を開き、瞬間、虚無の世界が目の前に広がるのだ。
くだらないことを。
そう思いながら、止まっていたペンを無理やりに動かした。
今はあの優秀な副官もいないのだ、サボることもできやしない。
優秀な部下と自慢の副官がいて、初めて自分が楽できるのだと実感する。
あの憎らしい面々の顔が浮かんでは消える。
新しい職場では上手くやっているだろうか。
止むことのない、葬送の音。
我知らず彼は手を止め、思いに耽った。
遠い遠い過ぎ去った日々の中で、多くの死を看取ってきた。
味方の死ももちろん多く見てきたが、それ以上に自分は人を殺してきた。
その死に涙も流すこともなく。
そしてすぐ傍に、いつも彼女がいた。

「世界の、半分の人しか享受できない幸せってなんだか知っていますか?」
ふと、彼女がそう言ったことがある。
確かイーストシティ時代、テロで犠牲となった軍人の合同葬儀のことだったと思う。
粛々と行われる中で犠牲となった者の家族のすすり泣く声が聞こえた。
「いや・・・・・・知らんな」
死者を送る席で、幸せについて。
なんとも妙な取り合わせな気がした。
すると彼女は感情を感じさせない瞳で私を射抜きこう言ったのだ。
「愛する者に、看取られる幸せです」
言葉が出なかった。
「『一日でも長く自分より生きて欲しい』
誰でもそう思います。
けれど実際は、誰しも愛する者を看取り看取られることになるのです」
数人分の棺桶が土の中へ埋まっていく。
そのうちの誰かの奥方だろう。
耐えられず下を向いていたのを、更に坐り込んでしまう。
「・・・・・・君は、私を残して死なないだろう?」
軍にいる限りそんな保障はないとわかりつつもそう言葉にした。
卑怯だと、狡いと思いながらも。
「はい・・・・・・あなたのことは、私が看取ってあげます」
その縁起でもない告白に、
「幸せ者だな、私は」
そう、一言だけ返した。

「私は、君に支えられてばかりだな」
ふと零した独白に答える者も今はいない。
本当に、優しいのだ。彼女は。
彼女だって世界の半分の人しか味わうことのできない幸せが欲しいと思っているはずなのに。
『死なないで』と彼女は言ったのに、それにはっきりと『死なない』と答えられなかった彼に。
それでも看取ってくれると言ってくれた彼女。
その優しさに甘えてばかりで。
「情けない」
男が小さく苦笑する。
だが、今度は。
自分が正しく罪に裁かれる時は。
殉じようと思う。彼女の言葉に。
やがて葬列は行くだろう、通りを抜けて、丘を越えて、自分を連れて。
嘆きの河を渡り、地獄と呼ばれる場所へと。
そしていつか、彼女も来てくれるだろう。
そうしたら、もう一度最初からやり直そう。
ただのロイ・マスタングとリザ・ホークアイとして出会って何もかも水に流し最初からやり直そう。
真白い死に装束は、まるでウェディングドレスのようで彼女もきっと綺麗だろう。
送られる者が自分ならば、いつまでも彼女を待とう。
そしてその時が来たらこう言うのだ「待ちくたびれたよ」と。
錬金術師が迷信深いことだと思う。
けれども、それでも死後の世界に縋ってみたい。
現世ではきっと自分が幸せになることなど許されないだろうから、だから。
鐘の音が一際大きく響き、それから止まった。
死者を送る人々は悲しんでいるのだろうか。
だとしたら、きっと故人は幸せな道を歩いたことだろう。
「さて、片付けるか」
送る者と送られる者と。
どちらがより幸せなのだろう。
夢想の果てに彼は大きく欠伸した。


いや、生きて幸せになれよと言ってやりたいですが。
なんか大佐って自分が幸せになる道放置してるイメージあります。
原作終わったら、本当にどうするんだろ。

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