星の思い出


誰もが寝静まったころ、ふとベロニカは喉の渇きを覚え目を覚ました。
すぐ隣で双子の妹・セーニャが寝息をたてている。
セーニャの毛布を掛け直してやると、ノロノロと立ち上がった。
「カミュお疲れさま」
パチパチと薪が爆ぜ辺りを照らしているその脇で、カミュは分厚くはないがそれなりの大きさの書籍と空とを見比べていた。
普段ならば聖なる像の配置されたキャンプには魔物は侵入ができないので見張りは立てないのだが今夜の野営地は見晴らしの良い、むしろ良すぎると言ってもよい丘の上だったので珍しく交代で誰かが起きていようということになったのだ。
「どうしたんだ?
 良い子は寝る時間だろ」
「悪い子が何言ってんのよ。
 あたしは喉が渇いただけ。すぐ寝るわ」
言いながらベロニカは彼の隣に座るとやはり気になるのか手元の本を覗きこむと、それは美しい本だった。
星座の位置を色とりどりの鳥や獣、はたまた魔物などで指し示す星図。
もちろん、それらは現実の空には存在しない伝説上、想像上の絵だ。
けれど神語りの里と呼ばれるラムダで生まれ育ったベロニカにとって、神話や伝説は一つの真実だった。
この空いっぱいにこんなに美しいモノたちが駆け回っていると思うと、胸が躍る。
「綺麗だろ、古代図書館で見つけてきたんだ」
少しだけ嬉しそうにカミュが言った。
「アンタにしては……とても、いい趣味だと思うわ」
「そりゃどうも。
 前から星に興味があったんだ」
「ふーん、意外とロマンチストなのね」
言ってベロニカは視線を上げ、二人で空を見上げた。
「…………昔ちょっとな、船に乗ってたことがあってその時海の上で頼りになるのは星だけだったんだ。
 この頃のことはちょっとまだ、誰にも言いたくねぇこととかあるからまだちゃんとは話せないけど」
「けど?」
「星を見ていると思い出すんだ。
 あの頃の楽しかった時のことを」
ほんの少しカミュは切なげに笑って目を伏せた。
隣にいるのがベロニカだったからなのかもしれない、昔の思い出が少しずつ蘇る。
「そ。
 良かったわ、辛い思い出だけじゃなくて」
そう言って彼女は当初の目的であった水筒に手をかけ、少しだけ飲むと再び星図を覗きこんだ。
故郷ラムダの大聖堂の絵を彷彿とさせるこの本は、彼女にとっても思い出を揺り動かされるものだった。
「ね、琴座は?
 琴座はどこにあるの?」
「琴座か……アレだ。
 北の空、上の方に一つ綺麗に光っている星があるだろ」
ほらと指さすカミュの指を一直線になぞるように空を見上げる。
確かに星の海の中にあって、一つ目立つ星があった。
「あれが琴座の目印なんだ、わかったか?」
「……全然琴に見えないわね。
 昔の人ってちょっと想像力豊か過ぎじゃないかしら……」
言いつつベロニカはじっと、彼の指先で輝く星を見つめ続ける。
「……なぁ、琴座ってセニカ様の竪琴と何か関係あったり」
「ぜっんぜんないわ」
「そ、そうか。
 あの一番光ってる星は違うけど、琴座の星は二重星だからお前たちみたいだと思ったんだが」
そう言うとベロニカやっと星から視線を外し、カミュの顔を見上げた。
「二重星って、二つの星が一つに見えてるってこと?」
「ああ」
ベロニカの瞳に浮かぶ星々がきらきらと輝いて見えた。
ごく素直に、綺麗だ、と思った。
「ふふ、じゃあ琴座はあたしたちの星座ってことにしちゃおうかしら。
 本当のとこ琴座の伝説って悲しいお話だけど、ウルノーガを倒して上書きしちゃうってのもいいかもね」
「じゃあおれはその下のわし座をもらおうかな」
「100年早いわよ」
ベロニカがにやりと笑いながら小突くとカミュも笑ってそれを受けた。
小突かれたところが妙に暖かかった。
「……さて、さすがにもう寝るわ。
 寝不足はお肌の大敵だし。
 カミュはもう少し起きているんでしょ?」
「もう少しな、そしたらイレブンと交代だ」
「少しだったら代わってあげてもいいんだから無理しないでよ。
 じゃ、おやすみ、カミュ」
「おやすみ、おねしょすんなよ」
「誰が!」
ドシドシとまるでうごくせきぞうのようにセーニャの元に戻るベロニカが毛布に包まるのを見届けてから再びカミュは星図に視線を落とした。
琴座とわし座の絵をたき火の明かりが静かに照らした。
 




北の空に琴座がある、その下にわし座があるといいつつ私自身天文学には疎いので確証はありません(ぉい
なんでドラクエ世界とこの世界とで星座が同じなの?という苦情も受け付けません。
この話ではは3の上の世界なんだよぉおおおお!!
そして季節感はガン無視しました。
当初、星の”思い出”というタイトルにはその後の悲劇ののち、カミュがこの夜のことを思い返している、というイメージを込めていました。
作中のカミュ氏の思い出話と合わせてダブルミーニングのつもりだったようです。小癪な!!

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