あれから、どれだけの月日がたったのだろうか。


永遠という場所


シンクロがふとモニター画面から視線を上げると、ゆらゆらと黄色い球体のようなものが浮遊していた。
それは、少しだけ困っているような表情を浮かべているように見えた。
「あ、IRか。気付かなかった……すまない」
モニター画面を急いで落としながらシンクロが詫びると、IRはなんでもないように明るく応えた。
「身共の方こそ驚かせて申し訳ないでありまする。
 それよりシンクロ殿、コントロル殿がチャットルームに集まって欲しいと言っていたであります」
「そうか、わかった。すぐに行こう」
もういい加減に、自分も前へ歩き出さねばならないのだから。
シンクロが無意識に握りしめる左手には、控えめに指輪が光っていた。

「遅いぞ、シンクロ!」
もうすでにチャットルームにはすでに6人のコレクターズとフリーズが集まっていたようで、シンクロとIRで9人揃ったということらしい。
コントロルの横に設置されているモニターには何やら色々ごちゃごちゃと書きだされていて
全体的に目を通した様子では、どうやら新しい必殺技についてのことのようだった。
「悪いな、待たせちまったみたいで」
そう言いながらシンクロが席に着くとコントロルは大仰に咳払いをして、口を開く。
「問題ないさ、それでは話を始めようか。
 ……みんなが知っている通り、俺たちは今重大な危機に瀕している。
 この大きすぎる穴を、どう埋めるか俺なりに考えてみたんだが……」
「具体的にどうするのかわかんないけどさ、埋まるわけないじゃないか。
 …………そんな簡単に」
エコが耐えきれずコントロルの言葉を遮る。
「もちろん、その通りだ」
しかし、とコントロルは続けた。
「俺はリーダーだ!
 リーダーがやらずに……誰がやるというんだ」
「そうね、たしかに……」
アンティが水晶玉を覗きこむ。
予測しなくてもわかった、今のままではいけないということが。
だからと言って、コントロルの案に未来を変えるほどの力があるようにも感じられなかったが
彼がリーダーとして必死に考えた上でのことであることも彼女は承知していた。
三枚目とも見られがちな彼ではあるが、いつだって空回りするほど必死だということはよく知っている。
それだけにコントロルは責任を感じているのだ。
自分がしっかりしなければ、と。
「……あ゛ぁ〜!もう、あんたら辛気臭いのよ!」
そこに突然、声が上がった。
「フリーズさん?」
「さっきから聞いてればさぁ……ま、まぁあたしも気持ちがわからないでもないけどさ。
 で、でも前向きになれるっていうなら何かしてた方がマシだよ。
 ――ユイだって、それを願ってるはずだよ」
シンクロは、思わず自分の左手に視線を落とした。
「……いつだってユイがわたしたちの未来を変えてくれていたから、それに甘えていたってことはあるかもしれないわね」
「そうじゃな……一つ、乗ってみるのも手かもしれないの」
「そだね」
「まぁ……まったく埋めないよりはマシか」
「私はフリーズさんと必殺技が使えるのなら大賛成です」
「身共もユイ殿が一緒にいるつもりでやるであぁりまするぅ」
「オレは」
シンクロは、それから口を開かず席を立つとふらっと扉の向こうへ消えていった。
「あ、待てまだリーダーの話が」
あとを追おうとするコントロルにIRが立ちふさがる。
「そっとしておくでありまする。
 身共もまだ、認めたくないのでありまするから」
「…………ユイと初めて会ってから、もう現実時間で100年か……人間は、あっさりいなくなっちゃうね」

いつだって、ユイはオレ達の先頭に立っていつだって一所懸命だった。
諦めが悪くてわがままで、目が、離せない。
その生き急いでるかのような背中をこの100年追いかけ続けた。
そして――今はもう、追うべき背中はどこにもない。
「……あとで、謝らないとな」
くつろぎ別荘ネットに降り立った時、つい独り言をしてしまい彼は苦笑した。
返事が返ってくるわけでもないのに、と。
シンクロと一緒にいたいとユイが願った時から、可能な限り彼女はシンクロの傍らにあった。
だからなのか、最近は独り言が多くなってしまってその度に喪失したものに気が付かされる。
シンクロのこともみんな心配してるのよ、などと恐らくユイはこう言うのではないだろうかという予想も限りなくした。
先ほども、ユイの画像を見ていて思い出に浸っていたのだからIRは困惑したに違いない。
女々しいとは、シンクロ自身も思ってはいるのだがどうもまだしばらくは元のように行動できるとは自分でも思えなかった。
早く立ち直るべきだとは思うのだが。
そうやって木々の合間の舗装されていないぐねぐねした道を歩きながら、思考の回廊に陥りかけていた時見覚えのある姿が視界の隅に映った。
「しんくろさん、ごめんなさい。
 おそくなっちゃった」
シンクロが彼女の背に合わせて屈むと、にっこりともみじのような小さな手に薄紅色の封筒を差し出してきた。
昔、初めて会った時もこうして――泣かせたんだったな。
その直後の悲劇と共に古い記憶が揺り動かされる。
「ありがとう、iちゃん。
 しかしこれは……」
自分に手紙を送るような者がいただろうか、少し考えてみるがとんと覚えがない。
考え込むシンクロに、iちゃんはとろけそうな笑顔を浮かべて言った。
「しんくろさんに、ゆいちゃんからおてがみです」

ばたん、大きな音を立てながら別荘の扉が閉じた。
iちゃんは、暗くなる前に帰らなければおうちの人が心配するからと封筒を渡すとすぐ帰ってしまった。
シンクロは震える手で封筒を見つめる。
早く読まなければという気持ちとこれが本当に最後だという気持ちが入り混じり、それを解凍することを躊躇わせた。
吐くほどに思いつめた相手からの手紙。
それを随分長い時間見つめていたのだろう、すでに窓から覗く日は沈み始めていた。
やがて、シンクロも覚悟を決めたのか恐る恐る封筒に手をかけた。

 やっほー、シンクロは元気にしてる?
 ユイちゃんは元気にしてまーす!
 ……えへへ、どうかな?
 少しデータをいじってもらって初めて会った時の格好にしてもらったんだけど……変かな?
 それとも、かわいい?
 シンクロが今どんな顔してるか見たかったなぁ。
 ……えーっと、なんでこんなメールを用意したかというとね、前にグロッサーと戦ってた時に思ったの。
 シンクロやIRやコレクターズのみんなが消えちゃったら嫌だなぁって。
 だからあたしがいなくなる時は、シンクロが寂しくないようにしなきゃって。
 って、寂しくないなんて……言わないよね?
 こう言ったらおかしいけど、寂しくないって言われたら悲しいな、なんて。
 寂しがってくれてたら、ありがと。
 でも、シンクロがあたしの笑顔を好きだって言ってくれたようにあたしもシンクロが大好きだから
 今すぐには無理でも、笑ってほしいの。
 シンクロはいつもあたしを勇気づけて励ましてくれて、ダメな時は叱ってくれた。
 だから今度はあたしの番。
 笑って、シンクロ。
 あたしは、あなたの心の中にいる。
 だからさよならは言わないわ。
 ……ずっとずっと、大好きよ、シンクロ。
 
「ユイ……」
ユイの立体映像を前にして、やっと会えたという喜びと本当にもういないのだという悲しみと二つの感情が寄せては返す。
しかしその痛いほどの感情を、ユイの言葉が包み込んでいく。
裂けそうになる胸の痛みを感じるたび、何故自分は感情や心を持つように作られたのだと感じることさえあったのに
ユイはここにいるのだと思うと、その痛みさえ彼女がいる証のように感じた。
「……ありがとう」

「それにしても、どういう風の吹き回しだ?」
エコはそう言って少し離れたところでコントロルと話し込んでいるシンクロを見やった。
「――ここのフォーメーションは、こうした方がいいんじゃないか?」
「実は俺もそう思ってたんだが、そうするとここに支障が……」
二人はタブレット端末のようなものを指さしながら意見を交わしあっているようだ。
「……まぁ、この世の終わりだって顔されるよりずっといいけど」
「そうでありまするな、身共も安心したであります」
「まったく、協調のソフトの癖に協調性がないんだもんなあいつは」
エコのその言葉にでも、とレスキューが口を開く。
「……そう言って、エコさんも心配されてたんじゃないですか?」
「そんなわけないだろ」
不機嫌そうなエコの表情が答えのような気がして、思わずレスキューは笑ってしまう。
しかしふと、次の疑問がふつふつと湧き上がってきた。
「……でも、どうして急に元気になったのかしら、シンクロさん」
その言葉にIRはふむと前進し振り返る。
「それはきっと……」
そして、自分の心に語りかけるように言った。
「ユイ殿のお蔭でありますよ」




書いてて(こういうネタなので)すっごい不安になったり
「このネットまだ現役なのかよ!?」って思いながらぽちぽち文章打っていました。
個人的に『永遠という場所』は、シンユイの曲だと思っているので形にできたこと自体はすごくよかったと思います。
本来なら、ソフトもサイトも100年は持たないだろうけど、そこは細かいこと考えず……w
読んでくださって、どうもありがとうございました。

inserted by FC2 system